Q
ひき逃げ事故に遭い犯人が分かりません。自賠責保険からは補償を受けられないのでしょうか。
A
加害自動車がわからないひき逃げ事故や泥棒運転(保有者に自賠法3条の責任が生じない)などの場合には,自賠責からの支払いを受けられませんが,政府保障事業に対しててん補金の請求をすることができます。ただ,通常の自賠責保険請求の実務と異なる点があるので注意が必要です。
1 自賠責保険は保有者等の被保険者が賠償責任を負う場合に支払われるものなので,ひき逃げ事故
で加害者不明の場合は自賠責保険金を受け取ることができません。
また,自賠責保険に加入していない自動車による事故もあり,その場合,加害者に賠償の資力が
ないことが多く,被害者救済がおぼつかないという問題があります。
そこで,このような場合に,自賠責保険制度だけでは被害者救済が貫徹できないため,被害者救
済の実をあげる目的で創設されたのが,政府保障事業です。
2 加害車両の保有者不明の場合や自賠責保被保険者以外の者が損害賠償責任を負う場合(自賠法72
条1項)に,自賠責保険同様,傷害,後遺障害については被害者,死亡については法定相続人及び
遺族慰謝料請求権者が請求できます。
3 てん補限度額は自賠責の保険金額と同額(自賠法施行令20条)です。
別途損害の填補を受けられる場合には,その限度で保障事業によるてん補は受けられません(自
賠法73条)。
健康保険や労災保険等の社会保険による給付額と損害賠償責任者からの支払額の合計が法定減限
度額を超える場合や,被害者の過失による減額とこれらの合計が被害者の損害の総額を超える場合
には,保障事業のてん補の対象にはなりません。
過失相殺がなされる場合,過失割合による減額と給付相当額の控除の先後関係はどうなるのかに
ついては,最高裁平成17年6月2日判時1900号119頁が,保障事業のてん補額は運行供用者が自賠
法3条の損害賠償責任を負う範囲であるから,過失割合による減額をした残額をいうとして過失割
合による減額の後,その残額から支給額を控除する,としています。つまり,過失相殺が先行する
ということです。
また,被害者が加害者等から賠償金の全部または一部を受け取っている場合,その金額の限度に
おいててん補がなされません(自賠法73条2項)。
保障事業に対するてん補金請求権の遅延損害金は,事故及び損害額の確認をするために必要な期
間が経過してから,とされています(自賠73条の2第1項)。
4 自賠責保険制度の例外的補完制度ですので,自賠責保険金を受け取る場合と異なる点があり,注
意が必要になります。
⑴ てん補がなされない場合
2台以上の自動車の共同不法行為による事故で,1台の自動車からの自賠責保険から保険金が支
払われる場合にはてん補がなされず,2台の自賠責保険無保険車等による事故の場合には,1車両
分のてん補しかなされません。
また,同一生計に属する親族間(夫婦間,同一生計の親子,兄弟姉妹)の事故の場合,原則と
しててん補金が支払われません。被害者にてん補金を支払っても政府が同額をそのまま賠償義務
者に求償(自賠法76条)することになるからです。損害賠償責任者が死亡し,法定相続人である
請求権者が相続放棄・限定承認した場合は,例外的に損害のてん補が行われることになります。
⑵ 代位・求償
政府が保障事業による損害のてん補をしたときは,支払金額の限度で損害賠償責任を負担する
者に対する権利を取得し(自賠法76条),損害賠償責任者に対する求償がなされます。
⑶ 時効
政府保障事業に対する請求権は,自賠責保険と同様,死亡の場合死亡日,傷害の場合事故日,
後遺障害の場合症状固定日のそれぞれ翌日から3年で時効(平成22年3月31日以前に発生した事
故については2年)になります。消滅時効については時効の援用を要しないとされています(会
計法31条1項)。
⑷ 手続の長期化
健康保険や労災保険等の他法令給付額及び損害賠償責任者からの支払額の控除等を行う,政府
保障事業が損害のてん補をした額を限度として損害賠償責任者に対して求償する,といった事実
確認等の手続きが多く,所要の期間を要します。そのため,保障金請求手続中に加害者等に対す
る損害賠償請求権が時効にかからないように注意する必要があります。
⑸ 自賠責保険における仮渡金(自賠17)のような制度はありません。
5 政府保障事業のその他の目的-自賠責保険会社等への補償
⑴ 悪意事故の場合
自賠責保険では保険契約者,または被保険者の悪意によって発生した事故については,保険会
社等は免責されます(自賠法14条)が,自賠責保険会社が被害者から直接請求を受けた場合には
損害賠償額の支払いをする義務があります(自賠法16条1項)。
損害賠償額の支払を行った保険会社等は保障事業に対し,支払った額の補償を求めることがで
き(自賠法16条4項),保障事業が被害者に代位して悪意の契約者等に求償できることになりま
す(自賠法76条2項)。
⑵ 賠償責任が生じなかった場合
自賠責保険の保険会社等が被害者に対して仮渡金の支払いをしたものの,のちに保有者の損害
賠償責任が生じないことが判明した場合には,保険会社は保障事業に対して支払った金額につい
ての補償を求めることができます(自賠法17条4項)。
補償を行った政府は被害者に対しその返還を請求できます(自賠法76条3項)。
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